2014年8月3日、サンケイ新聞がインターネットを通じて配信した記事について、韓国検察(ソウル中央地検)がサンケイ新聞ソウル支局長に対 し、出席要求をしました。これは、サンケイ新聞のソウル支局長名義の記事が「情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律」第70条違反(インターネッ ト上の名誉棄損罪)の容疑で出席要求をしたものです。韓国検察のこのような対応については、果たして検察はどこまでやるつもりなのか、その真意をはかりかねているというのが日本マスコミの現状だと思います。
検察の出頭要求そのものは8月12日の予定が同18日に延期されたようです。これは、サンケイ新聞記者の弁護人選定の時間的余裕を確保するためであると言われています。果たして検察は起訴にまで持ち込むつもりなのでしょうか。法律問題として考えた場合、非常に判断の難しい問題になりますが、結論から言うと、起訴にまで持ち込むことは相当難しいのではないかと思います。
上記インターネット上の名誉棄損罪の要件は、次のとおりです。
①人を誹謗する目的で②情報通信網を通じて③公然と④事実を出して(その事実が嘘か本当かは問いません。嘘の時は刑罰が重くなります。70条2項。)⑤他人の名誉を棄損すること。以上です。
ここで最も問題となる要件は、①の要件です。人を誹謗する目的、つまりサンケイ新聞の当該記事に朴槿惠大統領を誹謗する目的 があったか否かということです。誹謗するというのは、人を貶めるとか、人の悪口を言うというようなことですが、このような主観的な目的があったということ をどのように立証することができるのでしょうか。本件では、取材の動機や報道の経緯等ももちろん重要ですが、おそらくソウル支局長が記事で引用したと主張 する朝鮮日報のコラムの記事の表現内容とサンケイ新聞の記事の表現内容の相違に着目するのではないかと思います。私もここに着目してみました。すると、確 かに朝鮮日報の方のコラムの内容は、朴槿惠大統領のウワサも記事の重要な話題のひとつにはなっていますが、あくまでも一つの話題であって、かつウワサの核心的部分につい てはかなり微妙な表現を使っています。一方、サンケイ新聞の方は、朴槿惠大統領のウワサの中身に焦点を当てて、ウワサの中身は「低俗」もしくは「下品」な「ウワサ」とし、大統領の私生活についての「ウワサ」をクローズアップさせる表現を用いています。このように見ると、サンケイ記事は朝鮮日報コラムを単に「引用」しただけだという弁解は 少々難しいのではないかと思われます。なぜこのように表現方法を違えているのか。また、「低俗」とか「下品」とかいう言葉を付加している のか。このあたりをつまびらかにした場合に、その先に「人を誹謗する目的」が現れてくるとすれば、起訴となる可能性はあります。
しかし、韓国大法院の上記「情報通信網利用促進法」70条に対する解釈によると、「……誹謗する目的は、行為者の主観的意図の方向において公共の利益のためのものとは相反する関係にあるから、摘示した事 実が公共の利益に関するものである場合には、特別な事情がない限り誹謗する目的は否認される。」(大法院判決2012.11.29.宣告2012ト 10392判決)。
結局、本件において、摘示した事実が公共の利益に関するものと言えるかどうかがキーポイントです。本件の場合、摘示された事実そのものは朴槿惠大統領の私生活に関することであり、それ自体は公共の利益に関するものではないと言えそうです。したがって、誹謗する目的があったと結論付けることが出来るかもしれません。しかし、朴槿惠大統領は、大統領の立場において純粋に私的な領域というのは極めて限られており、究極の公人です。大統領 の所在や病気等も直ちに政治問題、公的問題になり得るものです。このように考えると、サンケイの記事には、ウワサの中身に偏り過ぎたうらみ、もしくは表現をあえて低俗な 方向に誇張しすぎた感はありますが、話が大統領に関することであるので、一概に、あるいは短絡的に朴槿惠大統領を誹謗する目的があったとまで認定することは相当 難しいのではないかと思います。
本件は、市民団体の告発によって検察が捜査を開始したものです。告訴、告発によって捜査が始まった場合、 原則として、検察は3ヵ月以内に捜査を完了して公訴提起の可否を決定することになっています(韓国刑事訴訟法257条)。いずれにしても検察は捜査を進 め、本件に対する司法処理を決めなければいけません。振り上げた拳をどこにおろすのか予断を許しません。
(記述 弁護士高初輔)