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今回のテーマは、韓国で1995年7月1日から施行されている「不動産実権利者名義登記に関する法律」(以下、「不動産実名法」と言います。)に関する韓国大法院判決です。在日韓国人の皆さんの中には、自分で韓国の不動産を買って名義だけは韓国にいる親戚の名義にしておくというケースが相当数ありますが、そのようなケースにも関係する法律です。
例えばX所有の不動産をXとXの親戚Yとの間であたかも売買契約があったかのようにしてYを所有名義人として登記したとします。この場合、日本の民法では虚偽表示(民法94条1項)の規定により、この売買契約は無効となります。Yがさらに第三者Zに売却してしまったらどうなるのかという問題はありますが、少なくとも第三者が登場する前ならXはYに対して虚偽表示だから無効であると主張して自分の名義に戻すことができます。
それでは韓国の場合はどうなるのでしょうか。韓国の民法にも「相手方と通じてなした虚偽の意思表示は無効とする」(韓国民法108条1項)という規定があり、これは日本と同様に虚偽表示を原則として無効とする旨の規定です。しかし、韓国には上記のとおり不動産実名法という法律があります。この法律によると上記のようなXとYとの間の合意は「名義信託約定」と言います。真実はXの所有であるにもかかわらずYを所有者とする旨の登記をするという、「名義信託」の約定とみるわけです。この名義信託約定は無効ですが(不動産実名法4条1項)、同法施行日(1995年7月1日)より前の名義信託約定がなされている場合は、名義受託者(Y)の名義を自分の所有である名義信託者(X)の名義に施行日から1年以内(1996年7月1日まで)に戻さなければならないとされています。この期間を猶予期間といいます。
今回紹介するケースは、1年以内に真実の権利者の名義に戻さないまま長い年月経過し、2006年10月12日になって初めてXがYを相手に訴えを提起し、所有権移転登記請求を行った事案です。このようなケースが日本で問題になったとすればどうなるのでしょうか。日本には不動産実名法のような法律がありませんのでおそらくXの請求は認められると思います。それでは、韓国の裁判所はどんな判断をするのでしょうか。韓国では、原審判決は原告敗訴、大法院でも上告棄却され原告敗訴となりました。その判決理由は次のとおりです。
「不動産実名法施行前に名義受託者が名義信託約定により不動産に関する所有名義を取得した場合、不動産実名法の施行後、同法11条の猶予期間が経過する前までに、名義信託者はいつでも名義信託約定を解除して当該不動産に関する所有権を取得することができたものであり、実名化等の措置なく上記猶予期間が経過することにより同法12条1項、4条により名義信託約定は無効となる一方、名義受託者が当該不動産に関する完全な所有権を取得するようになるというべきであるが、同法3条及び4条は名義信託者に所有権が帰属されることを防ぐ趣旨の規定ではないので、名義受託者は名義信託者に自身が取得した当該不動産を不当利得として返還する義務があるというべきである(大法院2002年12月26日宣告2000?21123判決、大法院2008年11月27日宣告2008?62687判決参照)。
このような経緯で名義信託者が当該不動産の回復のため名義受諾者に対して有する所有権移転登記請求権はその性質上法律の規定による不当利得返還請求権として、民法162条1項により10年の期間が経過することにより時効で消滅するというべきである。」
(大法院2009年7月9日宣告2009?23313所有権移転登記)
以上のような理由で大法院は原審判決を肯定しました。大法院判決文の中には、消滅時効の進行に対する原告の主張への判断も述べられています。それは、本件土地の所有名義を被告名義にした後でも、原告が現在まで継続占有し、耕作してきたという事実があっても、そのような事実は10年の消滅時効の進行には何ら障害とならないというものです。
今回ご紹介した大法院判決から分かることは、名義信託をしたまま2006年7月1日が経過してしまうと、不当利得返還請求権が消滅時効によって消滅し、原則として名義をもとに戻せとは言えなくなってしまうということ、これが第1点です。但し、不当利得返還請求権が消滅時効によって消滅するという理屈ですから、2006年7月1日より前に時効中断の手続がとられている場合には消滅時効が完成せず、したがってその場合は所有名義をもとに戻せと主張することができる可能性がある、これが第2点です。
(2009.8.11 記述、判決文翻訳 弁護士高初輔)